上越民報

2001年5月13日 bP82

目次
■五五年まえの県内最初の爆撃、一九四五年五月五日、直江津・黒井、直江津空襲と平和を考える集い
■第72回メーデー
■樋口良子議員、議会記念誌編集委員会の副委員長に就任

五五年まえの県内最初の爆撃
一九四五年五月五日、直江津・黒井

直江津空襲と平和を考える集い

 小泉内閣が発足し、「憲法を変えて、集団的自衛権を行使できるように」とか、「靖国神社を公式参拝する」など、超タカ派の「改革」が声高(こわだか)に叫ばれる中で、五月五日の直江津空襲記念日を迎えました。
 十年前に建てられた黒井公園の標柱前で開かれた集会には、約五〇名の市民が集まり、戦争と平和について考え、語り合いました。樋口良子、杉本敏宏の日本共産党市議ともに佐藤敏市議(新風)も参加しました。
 集会では、爆撃があった午前十一時十五分に犠牲者の冥福を祈って黙祷。
 黒井空襲でお父さんの命を奪われた坂詰竜吉さんは、自らの戦地での体験を語りながら、「二度と戦争はしてはならない」と、切々と訴えかけておられました。
 日豪協会の石塚正一会長は、お孫さんと四国の捕虜収容所を訪れたことを語り、若い世代に戦争の悲惨さを語り継いでいく大切さを話されました。
 樋口議員は、「はじめて参加して感動しました」と述べ、杉本議員は、「戦争の影では必ず人権侵害が行われます」と三月議会に提出された治安維持法にかかわる請願に言及しました。
 後半は、黒井空襲でお母さんが被災された佐藤輝男さん(波路会副会長)の民謡を堪能しました。
 五月晴れのもと、平和への決意を固めたひと時でした。

戦争のいたみを
つねに思いおこし
平和を考える
よすがとするために


児童文学作家
杉 みき子
体験を語る坂詰竜吉さん 標柱に刻まれた銘文 平和を訴える石塚正一氏

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第72回メーデー

 ♪ 晴れた五月の青空に歌声高く響かせて……

 五月一日、今年もメーデーが盛大に開かれました。上越地区労連、上越民主商工会などが中心になって実行委員会を組織し、準備してきたものです。
 連合系のメーデーが一部で四月に開かれたり、デモ行進を中止するなど、「祭典化」している中で、「闘うメーデーの歴史と伝統を引き継いでいく」ことは、ますます大切になっています。
 厚生南会館で開かれた集会には、労働組合や民主団体などから約一五〇名が参加。本間勝上越地区労連議長が、主催者を代表して挨拶しました。
 来賓挨拶で、阿部正義日本共産党上越地区委員長は、小泉内閣成立後の政治情勢を解明し、労働者が団結して対処する必要性を強調しました。また、現在の経済情勢=不況から脱出するための日本共産党の三つの提言を紹介し、来るべき参院選での日本共産党の躍進を訴えました。
 集会では、日本共産党のくわはら加代子新潟選挙区予定候補、井上さとし比例予定候補、木島日出夫衆議院議員の祝電が披露されました。また、宮越馨市長がメッセージを寄せ、注目されました。
 集会後、参加者はシュプレヒコールを繰り返しながら、駅前通りから本町通りを上り、大手町通りを通って高田公園までデモ行進しました。これには、ビルの窓から手を振ったり、多くの市民から激励が寄せられました。

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樋口良子議員、
議会記念誌編集委員会の
副委員長に就任

 議会活性化委員会の第一次中間答申(十二月二七日答申)で、市議会の三〇年史を作成することが提言されました。
 これにもとづいて各会派から編集委員が選出され、第一回の会合で日本共産党議員団の樋口良子議員が副委員長に選出されました。委員長は、渡辺一太郎議員です。
 年末に向けて、編集作業が進められることになります。

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