上越民報

2000年10月29日 bP67

目次

●とがし昭次候補4509票得票
●新潟県知事選挙の結果について
●議会運営についての市長の申し入れについて


とがし昭次候補
4509票得票

たいへん残念な結果に
 激戦の県知事選挙は二十二日投票、即日開票されました。
 上越市での投票率は、投票時間が延びたにもかかわらず、六一・八三%(全県、六三・六九%)で、前回よりも一〇%も低下しました。これ自身、平山県政に対する批判のあらわれといえます。(別項参照)
 民主県政の会のとがし昭次候補は、「人物もよい、政策もよい。」と言われながら、4905票、得票率7・05%と、前回よしだ三男候補の得票を半減させるという残念な結果になりました。平山県政に対する批判票が、少しでも当選の可能性がある小林一三候補に集中したことによるものといえます。
 奮闘いただきました党員、民主県政の会会員、支持者、赤旗読者の皆さんに心から感謝いたします。

奮闘が得票のささえに
 少なくない会員の方々が連日、支持拡大に奔走しました。知人、友人や従来の日本共産党支持者への働きかけを済ませ、全戸電話に取り組まれた方もたくさんおられました。危険防止の取り組みも従来以上にやった人もおりました。こうした活動が、この得票を支えたといえます。
 こうした奮闘により、とがし候補の政策が市民の中に一定程度浸透し、政策論戦をリードしました。その結果、県立短大の4年制化や乳幼児医療費の助成充実などの道が開かれました。これ自身、大きな成果といえます。

次回の躍進めざして
 しかしこの得票は、「風だのみ(支持拡大なし)での前進はありえません」との警告が、的中した結果でもありました。他候補陣営が、「全戸電話、二巡目」という必死の状況のもとで、とがし昭次候補の支持拡大は、「総選挙での日本共産党の支持拡大に届かない」という状況を克服できませんでした。
 支持拡大の少なさ=運動量の少なさは明白です。今回選挙の得票減の原因を真剣に総括し、次回の県知事選挙での躍進につなげていきたいと思います。

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新潟県知事選挙の
結果について

二〇〇○・一〇・二二 日本共産党県委員長 小日向 昭一

 本日おこなわれた新潟県知事選挙で、わが党以外のオール与党に推された現職の平山知事が三選された。当選したとはいえ、平山知事の得票は前回選挙から三十五万票後退し、さきの総選挙でのオール与党勢力の得票の六十%にとどまった。これは、ムダな大型開発と県民いじめの県政にたいする、県民の批判の大きさをしめすものである。
 日本共産党が加わる「民主県政の会」と、とがし昭次候補は平山県政を厳しく批判し、税金の使い方をきりかえれば県財政の立て直しをすすめながら、県民のための仕事を大きくふやすことができることを主張してたたかい、平山陣営をおいつめるうえで大きな貢献をした。知事選挙で奮闘されたみなさんと、貴重な支援をよせてくださった県民のみなさんに心から感謝する。
 「三つ巴」の激しい選挙戦で、「県政を変えたい」という県民の熱い思いをとがし候補に結集しきれなかったが、ムダな大型開発をやめ、乳幼児医療助成の拡大、介護保険の充実など県民のいのちと暮らしを守るという、とがし候補の主張は広範な県民の支持と共感を得ることができた。日本共産党は「民主県政の会」とともに、選挙戦でかかげた公約の実現、保守・革新・無党派のみなさんとの共同の力をつよめ、「県民が主人公」の新しい県政をつくる流れをさらに発展させるために全力をあげる決意である。

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議会運営についての
市長の申し入れについて

 九月議会の一般質問で、一部議員の質問に市長がまともに答弁せず、質問外のことをペラペラと読み上げたことから、議場、傍聴席から抗議の声があがり、騒然とする事態が生じました。これに対し、九月二七日、宮越馨市長が、石平春彦議長に、「議会運営の正常化に関する申し入れ」をしてきました。
 宮越馨市長の申し入れ文が、十月十五日付けの「広報じょうえつ」に掲載されたことから、十六日、各派代表者会議が開かれました。全会派一致して「十八日に市長に対して抗議し、記者会見をする」ことになりました。
 十八日急きょ開かれた各派代表者会議で、一部の会派から、「遺憾ではあるが、不問にする。」など、トーンダウンの声が出され、この日の抗議は、見送られてしまいました。

 日本共産党議員団は、この問題について次のように考えています。
@騒然となった原因は、宮越馨市長自身にある。Aそれを反省せず、傍聴者の取り締まりを要求することは許せない。B議会運営の責任者は議長であり、市長がいっている問題にどの会派も議長の責任を問うていない。C議会傍聴を萎縮させるのではなく、よりオープンにする方向で秩序を維持すべきである。D市長に対して直ちに抗議すべきである。

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