上越民報

2000年5月25日 bP61

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■市長の政治姿勢が問われています 市長は、責任を明確にすべきです


市長の政治姿勢が問われています
市長は、責任を明確にすべきです

 宮越市長のセクハラ疑惑に対する裁判の示談成立、高畑副市長の辞任・解職など、市政をめぐって大激震が起きています。これらの諸事件に対して、五月二四日、日本共産党上越市委員会は、次のような見解を発表しました。

示談、それは市長がセクハラを認めたことです

 原告側弁護士は、「市長側より、謝罪を前提とした示談の申し入れがあり、それを受けて示談が成立した」とのコメントを発表しています。
 このコメントを待つまでもなく、通常、示談は被告側から提案されます。原告側には、示談を提起する理由がありませんが、被告側には不都合がたくさんあるからです。市長は、「裁判は断固たたかう」といってました。しかし裁判では、「部屋番号を書いた名刺」という決定的な証拠を突きつけられていました。逃れられなくなっていたのは、まさに市長の側です。
 「謝罪を前提とした示談の申し入れ」ということは、市長自身がセクハラを認めたことです。

セクハラ疑惑は、何も解明されていません

 示談が成立し、裁判は取り下げになりましたが、セクハラ疑惑が解決したわけではありません。
 日本共産党は、宮越市長のセクハラ問題については、三月議会で取り上げ、若い女性に「十数回電話した」ことや「夜の食事に誘った」ことなど、市長が認めている事実だけでもセクハラ行為であり、「政治的道義的責任はまぬがれない」と徹底して追及してきました。
 市長は、職場の上下関係のもとでだけセクハラが問題になるかのように言っておりますが、それは間違いです。 セクハラとは、女性に対する人権侵害です。女性がセクハラと感じれば、それがセクハラです。公職の市長であれば、広く一般市民全体がセクハラの対象になります。
 セクハラ疑惑は何も解明されていません。

高畑副市長の解職は、副市長制の破綻そのものです

 五月二〇日、高畑副市長が辞表を提出しました。しかし、宮越馨市長はこれを受理せず、逆に解職してしまいました。副市長制の持つ問題点と矛盾が表面化し、制度そのものの破綻が明らかになりました。
 「部長なら簡単に首は切れないが、市長に忠誠を誓わない副市長は、直ちに解職できる。」
 副市長制の導入にあたって心配された事態が現実に起きてしまいました。見せしめによる恐怖政治、イエスマンばかりを重用する側近政治、これが副市長制の最大の弊害として指摘されていたのです。
 「事業部制による執行責任者としての副市長」「権限と責任を明確にする」と強調されてきましたが、実態は「執行責任」だけが問われているのではないでしょうか。 実態とかけ離れ、美辞麗句で飾り立てられた副市長制の当然の結果です。破綻は、時間の問題だったのです。

市長の政治姿勢が問われています

 「臭いものにフタをする」「強権で抑えつける」という政治姿勢が問われています。市長自らが起こした行為と疑惑について、その真相をすみやかに市民に明かにし、責任を明確にすべきです。

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