上越民報
1999年5月9日 bP37


目次

憲法を蹂躙する戦争法案は許せません
日本国憲法 前文
藤塚和生議員死去
直江津空襲と平和を考える集い

憲法を蹂躙する
戦争法案は許せません
日本共産党上越市議団、憲法記念日に街頭宣伝

 五月三日は、五二回目の憲法記念日でした。
 この日、杉本敏宏、樋口良子両市議と池田伸吾氏は、市内8ヶ所で街頭宣伝し、「戦争はしないという憲法の精神を根本から蹂躙する戦争法案=新ガイドライン法案を廃案に追い込みましょう」と、訴えました。
 新ガイドライン法案は、アメリカが引き起こす戦争に、日本が参加するための戦争法案です。自衛隊だけではなく、自治体や民間がアメリカの軍事行動に総動員されます。
 日米共同訓練が頻繁に行われる関山演習場。自衛隊高田駐屯地。拡張される直江津港が、軍事利用されない保障はありません。そうなれば、上越は戦争の最前線です。
 日本国憲法は、日本とアジア諸国民に甚大な被害をもたらした侵略戦争と暗黒政治への痛切な反省と教訓にたって制定されたものです。
 あらためて、憲法前文(別掲)を読み返し、その意義をかみ締めてみたいと思います。

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日本国憲法 前文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制、隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

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藤塚和生議員死去

 上越市議会議員の藤塚和生氏は、五月二日、死去されました。六二歳でした。
 同氏の死去により、市議会は欠員が四人になります。

(注) 公職選挙法の規定では、補欠選挙が行われるのは、欠員が定数の六分の一(上越市=5名)以上になった場合です。また、市長選挙が行われる場合は、その時点での欠員を補充する補欠選挙が行われます。

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直江津空襲と
平和を考える集い

直江津空襲

 1945年(昭和二〇年)五月五日、午前十一時十五分。新潟県内最初の米軍による空襲。直江津の黒井に爆弾投下。死者三名。

標柱と集い

 この爆弾投下地の近く、黒井公園に、八年前、標柱が建てられました。そして、この標柱の前で、毎年五月五日に、「直江津空襲と平和を考える集い」が開かれてきました。

平和への誓い

 約五十名が参加した集い。
 太平洋戦争。ビルマ戦線で十八万五千人が犠牲となった白骨街道。そこに咲く「夜香木」の歌が、地元八千浦コーラスのみなさんによって、披露されました。(写真)
 鎮魂の祈りと平和への願いをこめて。
 戦争法案への怒りが語られた集いでした。

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