日本共産党上越市議会議員杉本敏宏
市政レポート
2005年6月12日 bW2

目次
☆6月定例議会はじまる  会期は、6月3日〜17日の15日間です
☆政務調査費の使途はどうあるべきか
☆直江八幡宮の春まつり


6月定例議会はじまる

会期は、6月3日〜17日の15日間です

どんな議案が
菱ヶ岳のミズバショウ
 3日から6月議会が始まりました。
 議案の数は58もあって多いのですが、大部分が、現在管理委託している施設の管理を「指定管理者制度」に移すためのものです。その次に多いのが、旧町村のガス水道会計の打ち切り決算の認定についてです。
 そんなことで、「一般議案」がほとんどない状況です。そうしたことから、わが党議員団としては、総括質疑をしませんでしたが、他の会派からも総括質疑の通告はなく、初日の本会議としては異例の短時間で終わりました。
 3日の本会議終了後に、総務常任委員協議会が開かれました。地域協議会の問題と地域相談役会議の件です。

地域協議会
 2月の増員選挙と同時に地域協議会委員の選任投票が行われました。その内、安塚区の選任投票で、「違法」チラシが配布されたのですが、それが「区の職員が誤解を招く回答をしたことに起因する」ことから、「党外職員に対して厳重注意を行った」というものです。
 私は、次のように述べました。
 この間、いくつかの「不祥事」が発生しています。その都度、職員が「処分」されています。しかし、そうしたことについて、市長が公式の場で、陳謝・謝罪したことがありません。今日は本会議がありました。提案説明をはじめる前に、一言あってしかるべきではありませんか。私はそれが常識だと思うのですが。
 中川助役は、「市長にお伝えします。」と述べていました。

地域相談役
イワウチワ(菱ヶ岳にて)
 もう一つの議題である「地域相談役会議」について、「相談事項一覧」が示されました。その事項を見ますと、「何でこんなことまで相談しなければならないのか」と思うようなものばかりです。木浦市長というのは本当に行政運営に自信がないのかと思います。
 3月30日以降では、7件しか相談する事項がなかったということですから、もう本当に必要ありませんね。

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政務調査費の使途は
どうあるべきか


 2日の午後、各派代表者会議が開かれ、「政務調査費の使途」について最終の協議を行いました。あらためて次のように述べました。
 本来、政務調査費は補助金ですから、条例に則って議員と会派が自己責任で使い、その結果を報告すればいいものです。この「使途基準」が、どういう意味を持つのか。例えば「海外視察費の1/2、上限20万円」となっていますが、これが海外視察の「お墨付き」のようにとらえられてはなりません。また逆にこの基準に合わないからと「あれもダメ、これもダメ」となっても困ります。そのように会派や議員を拘束するものならば、我々はこの「申し合わせ」には加われません。
 いろいろな意見が出されましたが、これはあくまでも、「目安」だということになりました。

 「16年度の政務調査費から公開する」ことになっていますが、そのことについて論議されました。公開の方法と個人名を出すか否かということです。個人名 (議員名)を出すなどというのは当然のことで、何故、こんなことを議論しなければならないのか、議会というのは不思議なところです。
 48人の議員と会派分を公開するとすれば、ホームページしかないでしょう。
 何を公開するかということで、私は次のように話しました。
 項目ごとの集計表を載せるのは当然です。それだけでなく、市長交際費や議長交際費の公開と同じように、いつ、何に、いくら使ったかの一覧表を添付すべきです。
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直江八幡宮の春まつり

 5月26日は、直江八幡宮の春の祭でした。
 春祭には神輿渡御があります。お宮のある宮元の東本町4丁目(直江)から東本町3丁目に行き、東本町5丁目(鍛治町、鍋屋町)にわたって東本町4丁目に戻ります。この神輿は上越界隈では一番重いといわれています。いつもは担ぎ手が少ない東本町5ですが、この日は30人ほどになったので、比較的楽に担ぐことができました。いつもこうだといいのですが。時間が夜7時からというのも幸いしたのでしょう。
 「御霊移し」を妻と見に行ってきました。昔小さい頃、父に連れられて行ったことが記憶の中に残像として残っています。私にしても50年ぶりくらいになるのでしょうか。「御霊移し」というのは、街なかを渡御してきた神輿の御霊を神殿に移し、安置する儀式です。
 神輿が神殿の中に半分ほど入れられます。目隠しした宮司がおもむろに神輿の正面の扉を開きます。神殿内の明かりが全て消され、暗闇が広がった中を、神輿の中に置かれている御霊を取り出した宮司が隠し持って一目散に本殿に駆け上がります。「オ〜〜〜」という低い神官の声が響き、安置と同時にその声が途切れ、明かりが点けられます。
 御霊が安置された神殿で、さらに儀式が進められます。そして最後に神輿が神輿殿に納められて、神輿渡御の一切が終わるのです。「昔は12時を回ったもんだ」ということですが、家に戻ったのは10時を少し過ぎたところでした。

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