日本共産党上越市議会議員杉本敏宏
市政レポート

2004年11月7日 bU6

目次
☆中越地震の被災者救援に行ってきました 30日、日本共産党救援センターで活動
☆九月議会での議論をお伝えします
☆九月議会での議論(2)


中越地震の被災者救援に行ってきました
30日、日本共産党救援センターで活動

 10月23日に起きた中越地震は、日が経つにつれ、その被害の大きさがわかってきた。川口町では震度7という最大級の地震だったことも明らかになってきた。

全国から続々と救援物資が届いていました
(30日、日本共産党救援センターで)

 30日、中越地震の被災者救援活動で、長岡市の笹崎に設置された日本共産党の救援センターで活動してきた。10人で3台の車に分乗して行った。救援センターには、全国各地からたくさんの老若男女が支援に集まってきていた。みんな自費、手弁当だ。若者には若者の仕事、年寄りにはふさわしい仕事が山ほどある。支援物資も各地からトラックで次つぎと運び込まれて来ていた。

 センターが設けられた宮内地域は、水道が復旧し、ガスも一両日中に復旧の見通しといい、比較的安定していた。それでもセンターには近所の人たちがひっきりなしにやってきて支援物資を持ち帰っていた。
 「数百m西の錦町の空き地に百人ほどが避難しているのでそこに物資を持っていって欲しい」というので、山梨からきたという女性(27日に車で駆けつけ、ずっと活動している)と富山県の男性グループ(トラックで物資を運んできたという)と組を作り、地元の人の案内で、支援物資を持っていった。空き地は、ガス復旧の基地に使われていて、町内会長の話では、「近くにある豊田小学校が避難場所になっていて、そちらに避難している」というので、そちらに届けることにした。応対した市の担当者は、「物資は足りています。夜になると2倍以上の人になりますので、いただいておきます。」ということだった。

 午後、党の宣伝カー(ワゴン車)に、りんご、みかん、りんごジュースなどを積んで、再度、錦町を訪れた。空き地の横に車をとめ、今度は路上から住民に直接呼びかけた。

救援物資を受け取りに集まってきた
栖吉地域の人たち
 こちらは日本共産党の救援センターです。今度の地震で大変なご苦労をされている住民の皆さんにお役に立ちたいと、全国に支援のお願いをしました。たくさんの物資が届けられてきています。今日は、その内のわずかではありますが、りんご、みかん、りんごジュースなどを積んで来ました。お分けしますのでお出でください。元気をつけて、一日も早い復興の力にしてください。

 家から路地からぞろぞろとお年寄りや子供が出てくる。

「本当にもらって行っていいんですか」
「ハイ、いいですよ」
「ありがとうございます。助かります」
「必要なものがあれば、ここに電話してください。届けますので」
「こんなとこまで物を持ってきてくれるのは共産党だけだね。他の党もやればいいのに」

 あっという間にワゴン車いっぱいの果物類は無くなった。

歩道が陥没して段差が
(栖吉地域で)

 その後に行った市東部で被害が大きいという栖吉地域は大変な状況だった。道路にはいたるところに大きな窪み――陥没ができていて、手付かずの状況だ。車の天井に頭をぶっつけるほどだ。歩道は波打っているし、道の真ん中に壊れた家具が置いてあるので何かと見ると、大きな陥没があるのだった。状況に応じた住民の知恵だ。いたるところに壊れた家具類が山積みになっていた。電気はきているがガス水道が復旧していないために、煮炊きができない状況が続いていた。給水車が活動していた。
 ここでも同じようにマイクで呼びかけた。夕闇が迫る中、降り始めた小雨の中を、母子連れやお年寄りが集まってくる。ここでは持っていった毛布がすぐに無くなった。「怖くて家の中に入られんから」という。「パンやカップメンばっかりだったので」と果物類はどこでも好評だった。
 若い母親は、「避難場所の公園に行ったら、そこにも亀裂が走っていて、もうどうしていいか分からなかった」と、当日の状況を堰を切ったように話してくれた。
 「観音開きの食器棚の戸が開いて、お皿が手裏剣のように飛んできて怖かった」という話も聞いた。
 「戸が開かなくなった」というお宅は、一見何もなかったかのようだが、「真ん中が盛り上がって、ほらここに亀裂が走っているんだよ。この家にはもう住めないね」というような家が続いていた。
 ブロック塀はいたるところで崩れているし、かわら屋根は全滅状態で、青いビニールシートがかけられていた。

 行政が設置した避難所には行政サイドから物資が届けられていて、「物資が余っている」という状況もあるらしいが、一歩住民が生活している現場に入ると状況は大違いだった。まだまだその日の食べ物にも苦労する状態だ。そのため、りんごとかみかん、バナナなどが喜ばれる。長岡市よりも被害が深刻な市町村の状況はどうなっているのだろうか。
 現地に行ってみて、「災害対策」についていろいろ考えさせられた一日だった。

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九月議会での議論をお伝えします

「預託」という制度

 建設企業常任委員会の「持家住宅低利建築資金貸付事業」の審査で、「執行残額」が1億6700万円もあることが問題とされた。

 ある資金貸付事業について見ると・・・
 行政は、年度始め(4月1日)に、現在の利用者からこの年度に返済される予定の元利相当額を、金融機関に預ける。これを「預託金」というわけだ。
 この資金を借りたい人は、(よしあしは別として)金融機関から市の資金を借りることになっている。金融機関は定められた規定に基づいて審査し、この預託金と自己資金を合わせて貸し付けている。
 当初予定よりも申し込みが多い場合には、追加資金が預託される。逆に少ない場合には、預託金が戻され、補正の財源などに回される。年度末の3月31日には、これらの最終調整が行われる。これらは原則、その都度補正予算で処理される。そして、翌日の4月1日には、新年度の預託が行われる。
 こうして本来は、年度末の3月31日には預託残高は「0」になるのであるが、今回は何故か残高が計上されたものだ。

 余ったということは、借り手が少なかったということだから、その原因を(ひとえに現在の経済状況=不況を反映したものだが、貸し渋りがなかったかを含めて)究明する必要はある。「不用額」(執行残額)が計上されたということは、事務上のミスだから、そのミスを正す追及をすればよい。この二つをごっちゃにして議論したのでは、まともな議論にはならないし、解決策も生まれてこない。

学校給食と地産地消と 9月議会の文教経済常任委員会で

 上越市では、学校給食での地産地消を進めていますが、その進捗率が低いということが議論されました。しかし、「地元産品の使用率が低い。」ということが問題とされ、追求の声が上がっているのですが、「地元産品を使うようにするには、どうすればいいか。」という方策の提案がないのです。
 私は、番外(委員外)発言を求め、次のような提案をしました。

 地産地消は進めなければならないことは、みんなそう思っています。しかし、なぜ進まないのか、原因を明らかにし、対策を立てなければなりません。
 その原因の一つに、「統一献立」があるのではないでしょうか。
 上越市の学校給食は、センター方式ではなく、各学校で調理する方式です。もっとも地産地消をやりやすい環境にあるといえます。にもかかわらず、進まない要因の一つが、「統一献立」だと思うのです。同じ上越市だといっても、津有や三郷で採れるものと桑取で採れるものには、時期にも品種にも違いがあります。ましてや上越市の農業は、大規模生産地ではありませんから、数に限りがありますし、その生産品が青果物市場に並ばない場合が多いと言われています。これでは地産地消を進めようにも進められないのではないでしょうか。
 「統一献立」をやめて、本来ならば一校ごとの献立にするのが望ましいと思いますが、それでは、現在の市教委の人的な体制ではムリでしょう。来年には市町村合併が行われますから、それをも見据えた場合、数校ごとのブロック献立ならば可能ではないかと思うのです。そうすれば、地域に密着した献立になるし、地元産品を使うこともできると思います。

 学校教育課長は、「可能性がありそうなブロック別献立なども検討してみたい。」と答えていました。

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九月議会での議論(2)

 建設企業常任委員会で、番外(委員外)発言を求め、次のように話しました。

◎総合庁舎東本町線(交通安全施設等整備事業費補助事業)

 城東中学から総合庁舎の前まで歩道の拡幅工事が進んでいる。向かい側のお堀にかかるところは、「文化財」と聞いている。協議の状況、工事の進捗は、どんな状況か。

【答弁】 「文化財」ではない。関東財務局の所管になっている。松や桜を残して歩道を拡幅していく。

◎東本町通り線他(消雪パイプリフレッシュ)

 チドリ型の交互散水で雪が消えるか心配だったが、ちゃんと消えていた。住民も喜んでいる。ところで、角の部分の設計だが、先端のところにノズルが行くようにしないと、チドリだから大きく消えない部分ができてしまう。今後改善すべきではないか。

【答弁】 今後、注意して設計する。施工したところを点検し、補修が可能なら直したい。

◎河川水による消雪について

 地下水による消雪パイプは、地盤沈下の問題がある。冬期間使われていない河川水、特に農業用の水利権を譲ってもらい、消雪に活用できないか。

【答弁】 すでに取り組んでいるところがあり、どの位の水を流せばよいかというデータも集積している。この取り組みを広げるように検討する。

市役所駐車場につくるプレハブ庁舎 9月議会建設企業常任委員会で

 来年(05年)一月一日に、14市町村が合併します。これに伴なって、数百人に及ぶ各町村の職員が、現庁舎に移住してきます。現在でも手狭な現庁舎に、こんなにも膨大な職員を抱え込むことができないのは、誰が見ても明らかだと思われます。
 この職員の急増のために、応急対策として、現庁舎の南側にある駐車場の一部にプレハブの建物を建て、一部の部局をそこに移そうという補正予算が、提案されました。恒久対策がどうあろうと、3ヶ月先の急増に対して、応急対策が必要です。
 しかしこの応急対策に、市民クラブ所属の議員から、「恒久対策を取りやめてプレハブを建てるのではないか」と言う強硬な異論が出されました。「誤解」だということは明らかです。
 この「誤解」を前提にして、「ガス水道局舎を春日山駅西に移して、その局舎を分庁舎として使うということではなかったのか。」というような質問が繰り広げられました。都市計画課長は、「恒久整備とプレハブは別のものです。」と再三答弁をしていました。合併推進課長が呼ばれ、答弁を求められました。課長は最初はやんわりと、「恒久対策は時間をかけて検討します。応急対策は、民間の建物の借用も含めて、これまでも議会の皆様にお話してきたことです。それがプレハブということになったものです。」と答弁していましたが、再三の追及にたまらず、「恒久整備とプレハブは、まったく別の問題です。」と語気を強めていました。

 他の問題もあって休憩した後、合併推進課長があらためて、「恒久対策は時間をかけて検討します。この恒久整備と今回のプレハブは、まったく別の問題です。」と述べ、さらに、「民間建物の借用がプレハブに変わった経過を議会に報告しなかったことをお詫びします。」と釈明して、一件落着となったのです。

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