議会だより

2000年7月28日 bU


目次
●十月二二日投票の県知事選挙 富樫昭次氏(無所属)が起意
●富樫昭次氏の略歴
●日本共産党創立七八周年記念
●大型開発優先の県政から福祉・くらし中心の県政に 10月5日告示 富樫新潟県知事候補に聞く


十月二二日投票の県知事選挙
富樫昭次氏(無所属)が起意

富樫昭次 知事候補 新潟県知事選挙は、十月五日告示、同二二日投票で行われます。日本共産党も参加する「清潔な県民本位の県政を実現するみんなの会」は十三日、この知事選の候補者として、新潟勤労者医療協会理事長の富樫昭次氏(六九歳)を擁立すると発表しました。
 いまの平山県政では、ムダなダム建設や万代島再開発など大型公共事業優先で、県民の福祉・くらし犠牲の政治が続けられています。富樫氏は、県政の流れを切りかえる最良・最適な人物です。

 富樫昭次氏は、「中山あきら」のペンネームをもつ詩人でもあります。医学生時代に「詩のなかま」に加盟し、いまでも忙しい民主的医療活動の合間をぬって詩作を続けています。

 富樫昭次氏のこれまでの主な活動を紹介します。
【一九五三年】 新潟医科大自治会の再建に中心的役割をはたす。新聞部、社会医学研究会、遺伝子研究会を設立。市民向け「新潟自由大学」設立。
【一九六五年】 公害病の原点といわれる水俣病闘争に参加。患者の調査、発掘などいっかんして患者の生命と健康、権利を守るために活動。後に、新潟水俣病共闘会議副議長。
【一九八五年】 思想信条を問わず「核兵器廃絶」の一点で団結する「反核医師の会新潟」を結成。一九九九年十一月、北京で開かれた「核戦争反対国際医師会議」のアジア大会に参加。

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2000年7月16日の月食

富樫昭次氏の略歴
1931年 村上市生まれ
1950年 新潟医科大入学
1954年 新潟医科大卒
1954年 新潟勤労者医療協会に勤務
1961年 新潟勤医協新津診療所所長
1961年 博士号取得
1972年 下越病院院長
1993年 新潟勤医協理事長(現職)

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日本共産党
創立七八周年記念

 日本共産党は、七月十五日党創立七八周年を迎えました。
 日本共産党は、戦前の「天皇中心の神の国」の時代から、戦争反対と主権在民をかかげてきました。それが「国体を変革するもの」として断罪され、小林多喜二をはじめとする多くの党員が虐殺されました。
 戦前戦後の活動を通じて今日、七百万もの支持を得る政党へと発展してきました。二十一世紀を担う政治勢力としての発展が期待されています。

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大型開発優先の県政から福祉・くらし中心の県政に
10月5日告示 富樫新潟県知事候補に聞く

 このほど、十月五日告示(二十二日投票)の新潟県知事選に出馬表明した「民主県政を実現する新潟県みんなの会」の富樫昭次候補(六九)=新潟勤労者医療協会理事長=に、県政の問題点や出馬にあたっての決意を聞きました。

 ―出馬表明にいたるまでの経緯について聞かせてください。

 富樫氏 長年校医を務めてきて、その中で新潟県の乳幼児医療費助成制度の貧困さを実感していました。お母さんたちからも、いろんな悩みを聞いていました。私は県保険医会の一員として、平山知事に助成の拡充を要請してきました。ところが、平山知事は、医師会から要請されても、乳幼児医療助成の拡充を全国最後になってもやらないと公言するという、まったくひどい態度に怒りをもちました。

聴診器では間に合わない

 また、医師として老人保健施設「おぎの里」にかかわってきましたが、ここでは入所者が退所しても、自宅には介護できる家族がいなくて、いくところがないという人がたくさんいる実態を目にしてきました。それなのに、平山知事は三千人を超える待機者がいても、特養ホームは足リている、老健施設などでやりくりすれば全体で足りるという態度です。こういうことでは、もう聴診器をあてているだけでは間に合わず、みずから政治の場に出ることを決意しました。

 ―平山県政の問題点をどう見ているのですか。

ダムの影響で魚影も少なく

 富樫氏 私は渓流釣りが好きで、よく三面にいくのですが、ダムができたおかげでアユやイワナの数が減ったり小さくなったりしています。奥三面ダムのために貴重な縄文遺跡も埋没してしまいます。県の一兆七千八百億円にものぼる借金の半分は、平山県政になってからのものです。このように、ゼネコン奉仕のむだな大型開発中心の政治です。その一方で、民生費は全国最低クラスで、福祉・くらしヘのしわよせ県政です。万代島再開発でも、採算や見通しもないのに強行しようとしており、完成しても赤字負担が問題になってきます。
 だから、知事選はそうした大型開発優先の県政から、県民の方に顔を向けた福祉・くらし中心の県政に切り替えるための県民投票だと思って訴えるつもりです。

 ―知事選で重点として訴えたいことはどんなことでしようか。

 富樫氏 福祉・医療の充実とともに、教育の問題にも力を入れたいと思います。予防注射をするなかで経験したことですが、全校で百四十人しかいないある小学校では、一番多いクラスでも二十二人なんです。先生の話では、ここでは登校拒否の子どもはひとりもいないというんです。また、子どもが具合悪くなっても、何かあってもすぐに先生が見つけて対処できるというんです。少人数学級は子どもに寄り添い、子どもの発達を手助けするには本当に必要なことだと思います。

男女共学の4年制大学に

 もうひとつは、新潟経済同友会の幹部も主張しているように、現在の県立女子短大を男女共学の四年制大学にするべきだと思います。新潟県の大学進学率は全国でも最低に近く、県の発展のためには産業などあらゆる分野の基礎となる人材の養成は欠かせません。

 ―知事選勝利の展望はどうでしようか。

住民運動の広がりに確信

 富樫氏 この数年間、新潟県内では「住民が主人公」を求めるさまざまな運動がおこり、共同が大きく広がってきました。巻原発をめぐる住民投票や、小国町でも創価学会墓地反対運動など、これらの運動と結び、平山県政の実態が県民にわかっていけばいくほど、いろんな考えの人たちにも平山県政への怒りが広がっていくと思います。私は、ここにこれまでとは違う大きな確信をもっています。
 「民主県政の会」に政党として唯一参加する日本共産党は、「オール与党」の県議会でも唯一の野党であり、県民の命とくらしを守るいろんな運動の中心となってがんばってきた頼もしい存在だと思っています。出馬表明を聞いて、あちこちから励ましをもらっています。がんばれば勝てる選挙だと思っています。

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