2.埋蔵文化財センター

【2002/09/15】埋蔵文化財センターの活用について

 裏山遺跡の存在が公表されたのは、1996年8月31日の現地説明会だった。全国的な保存運動が巻き起こった。しかしこの遺跡は破壊され、それから5年が経った。その保存運動の中から生まれたのが、この埋蔵文化財センターだ。この保存運動に関わったものとして、また考古学の愛好者の一人として、センターの完成を喜ぶものである。
 埋蔵文化財センター建設にあたって、各方面から「あり方・活用の仕方」について提案されていた。それはおおむね次の点だった。

@埋蔵文化財センターは、発掘資料の展示場所ではなく、研究施設として充実すること。
A埋蔵文化財センターは、埋蔵文化財だけではなく、考古学研究の施設とすること。
B埋蔵文化財センターは、地域住民への啓蒙施設であること。
C埋蔵文化財センターは、上越市がつくるものであるが、広く頸城地方全体のセンターとすること。

【教育長答弁】
 埋蔵文化財センターは、この地域全体のセンターとして、みなさんの期待に応えられるものにしていきたい。